東京高等裁判所 昭和29年(ネ)696号 判決
(一) 黒岩松太郎の催告にかかる昭和二十五年二月分以降昭和二十七年三月分まで二十六カ月分賃料のうち、昭和二十五年二月分金二百五十円は既に支払ずみとなつていたのを過つて催告額に加えたものであつて(この程度の催告額の過大は契約解除の前提としての催告の効力を失わしめるものでないと解する)、これを除く二十五カ月分金六千二百五十円の延滞賃料につき、被控訴人は催告所定の期間満了の翌日金三千五百円を支払つたが(これが送金の日は催告期間内のことではあり、その到達が催告期間満了の翌日となつても、その状況に鑑みこれを期間内の支払と同視しうるとしても)残額は遙に遅れて昭和二十七年九月頃になり漸くその支払をした始末であるから、これにより本件契約解除の意思表示に付せられた催告期間内の不履行なる条件は成就したものといわざるを得ない。
(二) 被控訴人はなおまた本件契約解除の措置は、黒岩松太郎が被控訴人との間における多年に亘る密接な交誼や慣行を無視し、ひそかに相手方の不履行を期待しつつ突如一方的になした信義に違背する行為であつて、解除権の濫用というべきであり、これによつては解除の効果を生じないと抗争する。
しかし、仮令被控訴人の主張するように、被控訴人と黒岩家との間には世間普通の家主借家人の間に見られぬ親交関係があり、賃料の如きも数カ月分を取纒めて支払つても通例紛議を生ずることなく、或は嘗て被控訴人が黒岩のために公租公課の代納を引き受け、立替税金を賃料より差引き計算して適宜支払つた事実があつたからといつて(但し昭和二十四年度分以降は諸税を被控訴人負担と定めたこと前説示のとおり)、また被控訴人において本件家屋の買取を希望し、将来売買代金の一部を以て延滞賃料と相殺決済する意嚮であつたにせよ(但し右当事者間にこのような賃料決済に関する合意が成立したことを認むべき証拠はない)、いやしくも契約上賃借人の義務に属する賃料の支払が猶予されたのでない以上、被控訴人が二十五カ月分に及ぶ賃料の延滞を重ねたのに対し、黒岩がその支払の催告並に催告に応じない場合契約解除の意思表示をするのは、賃貸人として当然至極の措置というべく、同人が被控訴人を害する意思を以てことさら賃料の不払を誘致しながら、機を捉えてその不払を理由に契約解除の挙に出で、以て不当な目的の達成を計ろうとしたとか、その他賃貸人としての信義に背く廉があつたものと見るべき事跡は、毫も窺い得られないのであるから、長期間の賃料延滞を続け、催告を受けてもなおこれに応じない被控訴人において、右契約解除を目して権利の濫用であると主張するのは、いわれなき非難であるといわねばならない。
(薄根 奥野 山下)